私は、30歳手前の2014年11月に、横浜市の税理士事務所に転職しました。
「フルタイムで働きながら税理士試験5科目に合格する」ことだけを目標に、新卒で就職した会社の初任給より月給がかなり低い+社会保険がないという、今では考えられない条件でしたが、そんなことは全く気にせずに熱い情熱だけを持って、全くの未経験の税理士業界に飛び込みました。
税理士業界に転職した理由
大学卒業後に新卒採用で某鉄道グループの統括会社に総合職として就職しましたが、定年までここで過ごすというイメージを持てなくなってきたのは、他の記事でも書いているとおりです。
鉄道グループなので比較的安定しており、税理士のような特別な資格やスキルがなくても、波風立てずに大人しく過ごしていれば役職も順調に上がっていき、定年までそれなりの給料をもらえるんだろうなと感じていましたが、途中から「本当に一生このままでいいのか?」と悩んで、勝手にダークサイドに堕ちてしまいました(笑)。
そして28歳の時に人事異動のタイミングで勢いで会社を辞め、新卒カードという最強の武器を失った結果、何のスキルも能力も経験値もない当時の私はこれでもかというぐらい社会の厳しさを味わいました。
もう本当に笑っちゃうくらい色んな場面でボコボコにされて、「あ、こんな無能で無力な自分を守ってくれていた新卒カードって本当にすごい武器だったんだ」と気が付いた時は既に遅すぎました。
しかし、そんな苦い経験をたくさん味わったおかげで、「自分の力で圧倒的な武器(=税理士資格)を取得して自分のスキルと市場価値を高める以外、今後まともに生きていくことすらできない」と悟るに至り、ようやく自分の進むべき道がハッキリと決まりました。
「働きながら勉強して税理士になる!」
これ以外の道は残っていないと。
そして働きながら税理士になるために、実務経験を積みつつ勉強できる環境を探すことになります。
こんな流れで、全くの未経験の税理士業界に転職することになります。
フルタイムで働きながら勉強できる環境を求めて
税理士事務所に転職する前に勤めていた会社(新卒で入社した鉄道グループ会社ではない)は、周りの方々が皆とても優秀で優しくて最高の人間環境だったのですが、22時台に退社できたら「今日はやけに早いな」と思うような労働環境でもありました(笑)。
よって、その会社で働きながら税理士試験に合格するのは不可能だったので、勤務時間が比較的短くしっかりと勉強することができる環境を探すことになり、「働きながら税理士になるには税理士事務所に転職するのが一番合理的だろう」ということで、税理士事務所だけに焦点を絞りました。
税理士試験の勉強の為にTAC横浜校に通うことを見越して、「横浜駅に近い事務所がいいな」ということで、ひたすらネットで「横浜市 税理士事務所」と検索し、働きながら勉強させてくれそうな事務所を探しました。
今は税理士業界に特化した転職サイトもありますが、当時はそんな便利なものは無かった(あったかもしれないけど知らなかった)ので、地道に数多ある税理士事務所のホームページを隅から隅まで目を通しました。
給料なんてどうでも良かった
「働きながら税理士になる為の環境が欲しい!」がただ一つの目的だったので、当時は給料なんて本当にどうでも良かったです。
私が絶対に譲れない条件は以下の2つだけでした。
- 繁忙期以外は定時に退社できる環境であること(=公表通りの勤務時間であること)
- 税理士試験の勉強をすることに理解がある環境であること(=所長の理解があること)
当時の私のスキルや能力や経験値では何もアピールできるものはありませんでしたので、給与の高低や社会保険の有無など全く気にしていませんでした。
税理士になる為に、実務経験を積みながら、毎日安定して2~3時間程勉強することができ、税理士試験に挑戦することに理解がある環境であれば、給料はいくらでも構いませんという感じでした。
というよりも当時の私ではそんな条件提示する資格はないと思っていました。
リアルな資格も30歳目前で日商簿記2級と運転免許だけだったので、「最低○○円は欲しいっす!」的なことを言うだなんてとんでもない(笑)。
社会の厳しさを経験して自分のレベルの低さに打ちひしがれていたので、「こんな30手前の未経験の××を雇ってくれるだけでありがとうございます」と思っていました。
超ホワイト事務所との出会い
そんな中見つけたのが、独立するまで約8年間在籍することになる横浜市の超ホワイト事務所でした。
所長が30代と若く、ホームページに掲載されていた顔がとても優しそうで、「こんな優しい顔しているから、パワハラとか絶対にしないだろう」と完璧に信用しました(笑)。
所長のプロフィール欄には税理士試験5科目に合格していることも明記されていたので、「税理士試験に挑戦することも応援してくれるだろう」と思い、一番重視していた勤務時間も9時~17時と明記されており、カレンダー通りの休みもあるとのことなので、「ここしかない!」と運命的なものを感じました。
給料は月18万円~、社保は無い(雇用保険だけ)という条件も全く気にならず、「ここで働いて税理士になるしかない!」という覚悟を決めました。
熱すぎる面接
運良く何とか面接までこぎつけることができ、当日は思いの丈を所長にぶつけました。
「とにかく働きながら勉強して税理士になりたいです!」
「採用してもらえたら仕事も勉強も死ぬ気でやって、絶対に税理士試験に合格します!」
ぐらい言った記憶があります。
この時は日商簿記2級と運転免許しか持っていなかったのに、よくもまあここまで大きなこと言えましたね(笑)。
所長も「何だこいつは?熱すぎないか?」と引いたと思います(笑)。
それでも私にとっては人生を左右する面接だったので、熱い思いをぶつけるしかありませんでした。
今より給料はかなり下がるけどいいですか?

全然大丈夫です!
希望の給料はありますか?



いくらでも大丈夫です!とにかく勉強する環境が欲しいです!
こんな感じのやりとりをした記憶が…。
あと、所長がベイスターズファンだったので、野球の話で盛り上がりました。
「どこファンですか?」と聞かれた時は正直に「オリックスです!」と答えましたが、当時はオリックスファンの関東人って本当に希少な存在だったので、所長も「オリックス!?何で?何で?」と食いついてきてくれました(笑)。
こんな感じで、「勉強させてください!」と「税理士試験に絶対合格します!」と「ベイスターズはこれから強くなります!」ばかり連呼するとんでもない面接だったのですが、結果的に採用してもらえたので、税理士になりたいという熱い思いと野球愛はしっかりと伝わったのでしょう。
面接での約束を果たすことが自分の使命だと勝手に思っていた
面接で「絶対に税理士試験に合格します!」と宣言したので、その約束は絶対に守らなければいけないと勝手に思っていました。
所長が約束通り勉強できる環境を与えてくれるのであれば、私も約束通り税理士試験に合格しなければ、面接でホラを吹くだけの人間になってしまい、それは絶対にあってはならないと。
実際、所長は面接時の条件通り、繁忙期(12月~3月)以外は基本的に定時で上がらせてくれたので、私は仕事の後の時間の多くを勉強に充てることができました。
所長は本当に優しかったので、「しっかり仕事をしてくれれば税理士試験に合格できなくても大丈夫ですよ」とまで言ってくれましたが、私はその言葉に甘えることはしませんでした。
そもそも税理士を目指したのは「会社の名前に依存せず、会社の都合の良い駒になることなく、自分の力で自分のやりたい仕事をするため!」だったので、この事務所に一生勤めるとしても税理士資格を取って、所長の名前に頼ることなく自分ひとりでも最低限生きていけるという状況を作らなければ意味が無いと思っていました。
受験生時代は、所長との約束を絶対に守らなければいけないと自分を追い込む気持ちが勉強のモチベーションの一部になっていました。
フルタイムで働きながら5年で5科目合格という最高の結果を出しましたが、これは所長が最初の約束をしっかり守ってくれたから達成できたのは間違いありません。
ひとつのテーマに絞ったことが好結果を生んだ
こんな流れで超ホワイトな税理士事務所に正社員として入れたことで、新卒カードを失った後の長い長い暗黒時代をようやく抜け出すことができ、絶望の20代を終え、激動と飛躍の30代を迎えることになりました。
結果的に、勉強できる環境があるかどうかだけに焦点を絞って税理士事務所を探したのが最大のファインプレーでした。
本当にこれ以外は全く求めていなかったので…。
なお、最初は月18万円の給料も、資格取得に比例してガンガン上がっていき、5科目合格して税理士になった時は「この労働時間でこんなにもらっていいんすか?」と感じるぐらいドカンと上げてもらいました(笑)。
「新卒の時より給料が下がるのは許せない」とか、「最低○○万円は欲しい」とか、「社保は必須」とか、「福利厚生がショボいとこは嫌だ」みたいな変な色気を出さずに、税理士試験の勉強ができる環境が欲しいという一つのテーマに絞ったのが良かったのでしょう。
まあ、絞るも何も、当時の私はそんな贅沢を言える立場ではなかったのですが(笑)。
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